文京うまれ

自由と知性

いい目を持っている

所見はどう?と彼に聞くと、

「前壁はRAC陽性なのですが、噴門から後壁よりに萎縮があるのが変です、木村分類ではC-2程度」

という。

これが内視鏡をはじめて6ヶ月の研修医か?しかも彼はそれほど才気煥発でもない方だ。そんなに僕は教え方がうまいか?ていうか、ベテランの内視鏡医でちゃんとこれを疑問に思える医者がどれだけいるのだ?そして答えを持っている医者にいたってはほとんどいないだろう。

萎縮という状態を把握せよ、と教えると素直に所見を読む癖がつく。

例えば内視鏡医がいて、90%は見過ごす所見を彼は素直に「変だ」と感じ、指摘した。

こういう感覚は大変に重要なので、答えがわからなくても常に意識せよ、と私は言った。

患者は若い男性だった。答えは、

1)C-2の萎縮はピロリ菌が原因で起きることがほとんどで、稀にピロリ菌以外が原因で生じたAGMLの瘢痕である場合もある。

2)現在はピロリ菌がいないような粘膜だが、若い患者のピロリ菌の有無は難しいので判定は10%程度は保留するつもりでいて良い。また、H2RAを投与されているような場合にも一見ピロリ菌がいないように見えることはある。

3)ピロリ菌が居てかつ萎縮がC-2程度のとき、君も見たことがあるように穹窿部には赤い斑状の炎症があることがあるだろう。そしてリンパ濾胞が目立つ場合があるだろう。その時の炎症は必ずしも前後壁対称ではない。後壁中心に炎症が起きていることが多くはないか。私自身はそれは分水嶺を中心に、食べ物、飲み物、薬物の影響を受け易いからだと考えている。さて、今回見られる萎縮は白い斑状の萎縮であって、これはリンパ濾胞での炎症が終息した時の所見に他ならない。したがって、この後壁中心の萎縮はピロリ菌による萎縮である、としても差し支えはない。

4)一方でピロリ菌が居なかったという場合にもこのような萎縮が生じる可能性はある。ピロリ菌陰性でリンパ濾胞が目立つ胃など、ゴマンとあるからだ。特に若年者では。この人に限って言えば不明熱を指摘されていることから、長期にわたってNSAIDSを使ったとか、不明熱の原因としてのEBウイルス感染や未知の感染症の影響があるかもしれないことを考慮せよ。

きれいな説明は出来ないが、最低このぐらいは考えられれば内視鏡医としては一人前なのではないか?

なんにせよ、こういう疑問を持たずに内視鏡を行う人々が9割だ。疑問を持つだけでトップ10%への門をくぐったと言える。内視鏡は腕前の上達だけが重要なのではなくて、やはりその人がもつセンスが大切。

そして医者の場合のセンスというのは、その人がもつ疑問が正しい疑問かどうか、という事実が示してくれることが多い。正しい疑問をもたない医者は、センスが残念ながらない。
医学というのはわからない事だらけなので、何がわかっているかより、何がわかっていないかをわかっている事のほうが知性としては高いのだから。