文京うまれ

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数は力

橋本病(Hashimoto's disease)は自己免疫機序により生じる慢性甲状腺炎の事で、日本人医師の名前が命名されている数少ない病気の一つ*1だ。

私は診察時に甲状腺は必ず診るので診断が遅れたことはない*2が、疲れ、体重の増加、寒さ、関節痛および筋肉痛、便秘、毛の乾燥、薄毛、月経あるいは妊娠の問題、抑うつ傾向、記銘力低下、徐脈などの症状があるのに気づかれずにいるケースがある。

この橋本病は他の自己免疫疾患とオーバーラップすることがあり、アジソン病、自己免疫性肝炎、セリアック病、SLE、悪性貧血 、慢性関節リウマチ 、シェーグレン症候群 、1型糖尿病尋常性白斑などは診断の際に念頭におく。

つまり、橋本病と診断されたまでは良いが、チラーヂンS*3を使った甲状腺ホルモンの是正だけでは終わらない事があるという事であり、先日は悪性貧血との合併を専門医で放置されていた症例があった。(そういう事は珍しくはない)

患者としては記銘力低下も、疲れも全くとれないので何年も困っていたらしいのだが、医師からは「ホルモンは正常だ」と言われるばかりだったそうで、ビタミンB12の注射で症状は速やかに取れたのであるけれど、やりきれない気持ちが残った。

(ちなみに悪性貧血は消化器内科でスルーされていた)

さて、自己免疫疾患のオーバーラップが否定されている場合でも、甲状腺ホルモン是正をしてもなお症状が残る人々がいる。抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体や、抗サイログロブリン抗体が極めて高い人々がいて、それらの自己抗体が他の部位を攻撃したり、あるいは炎症が強いことで消耗が起きたりするのであろう。その場合には甲状腺切除をすると症状が改善する、という論文があった。

annals.org
自分がこの患者の病態がおかしいと気づいたきっかけは、人間ドックの結果でγグロブリン分画が少しずつ上昇している事に違和感を持った事であり、炎症がまだ落ち着いていないのではないかとしつこく聞かなければ、「まだ症状が取れていなくて悩んでいる」とは打ち明けなかった。MCVはちなみにほぼ正常であったけれど、それは鉄欠乏も同時に起きている場合にはよくある罠である。

 

 

 

 

いつも患者に「困っていることはすべて言ってくれ」と頼んでいるが、それでも我慢している人はまだまだ多い。言ってさえくれれば、それは簡単に解決する場合があるかもしれないのに。

*1:それ以外には川崎病や原田病、菊池病などがある

*2:むしろ無症状の橋本病をたくさん見つける

*3:レボチロキシンナトリウム水和物