文京うまれ

自由と知性

明確な目的とゴールの設定

初診の外来で患者と一連の医療を行うにあたっての明確な目的とゴールを設定する、という事を自然に行うようになってきた。

それは「ピンピンコロリと死にたい」でも良いのだが。(笑)

通常、当院に来られる患者は何らかの「迷い・戸惑い」を感じていることが多い。
検診の結果で「異常あり」などとされての来院の場合だ。

一例を挙げれば、当院で3年前に胃の検査をした患者が、検診で胃潰瘍とされた。

患者の考え「3年前にKU医院で『あなたは一生平気かもしれない、安心せよ』との説明を受けている。今回症状もなく胃潰瘍とされている。KU医院が間違いか、検診が間違いか・・・」

私の考え「この方はピロリ菌が陰性である。通常胃潰瘍が出来るということはない。だいたい胃のバリウムでまともな読影をしている症例をこの何年も見ていないしなあ…(苦笑)。僕ならばバリウムの写真からこれはNSAIDS潰瘍だ、とか癌だ、とかそこまで言えるのだが…。とりあえず間違いを証明せねばなるまいな」

目的とゴールの設定:検診が間違っている事の証明をする事、だけでは患者にとっては全くメリットがないのだ。さてこの方は相当のヘビースモーカーである。ということは食道がんの危険が結構あるのだ。バリウムでは食道がんは見逃すのが普通だ。そこで今回は重点的に食道がん探しをする事にしよう。胃はピロリ菌の新規感染がないか、薬剤性潰瘍がないか、めずらしいがHP陰性胃癌などがないかどうか、を見るのだけれどそれは容易で別にKU医院じゃなくても…とは思うので、目的設定はしない。咽頭や十二指腸についても当然見つかるべきものは見つかるはずなので。第二のゴールだけれど、この方は他院では内視鏡が実は受けられない。反射が強すぎるためだ。前回も苦労しているので、今回は前回よりも楽な検査を目指すこととする。

というような。

このゴールの設定は患者それぞれで違うのだけれど、明確な目的意識がないと自分の検査のモチベーションが保てない。自分が行なっているのは検診ではないのだ、という意思があるからだ。

実際には自分の検査は均一であって、どんな目標設定をしようが結果は同じなのである。だから時間の無駄といえば無駄なのであるけれど、手続きとして重要と考えている。