文京うまれ

自由と知性

きれいに亡くなること

医者の家に生まれました。祖父も父も名医で、特に父は40年も前からきちんと緩和ケアをし、縮小手術をする外科医でしたから、近藤誠みたいに過去のラディカルな自分を消したくて極端な方向に行っているような人間とは違ったんです。最初から優秀な人は優秀です。

私もその影響を受けたから、医者になる前から無駄な延命はするまい、と心に決めていました。だから癌の患者さんに心臓マッサージをしたり挿管したりという経験はないんです。

チューブに患者さんがつながれているのも嫌でした。きれいな配線にするにはどうするか、を常に考えていました。そして亡くなるときには絶対に浮腫が出ないこと、を美の基準としていました。

自分は年間100人も癌を診断し、その3分の1ぐらいは亡くなってしまいますが、でも残念なことに看取りはしていません。看取りをしたら今度は診断をする時間が無くなるでしょう?自分の職能は「人が見えないものが見える」だから、やはり診断に向いているわけです。だから患者さんとお別れが出来ない、という悲しみはあるんだけれど、しょうがない、と思っています。

幸い私は嫌われていないみたいで患者さんの家族はみな私にかかります。だから故人の思い出は未だに語りあうことが出来ます。故人の病気の記録は息子さん、娘さんに役立ちますしね。

ブログで友人だった緑さんが5月29日に亡くなりましたがきっと彼女はきれいに旅立ったと思います。それは確信しています。