文京うまれ

自由と知性

あなたは運が良かったんじゃなくて、助かるのは必然だった

「先生、私ね、クモ膜下出血で入院したんですよ」

「それは驚きですね。今冷静に話してますが、相当、驚いてますよ。色んな意味で」

「でしょう?私自身、クモ膜下出血とは一番程遠い人生だと、自信がありましたから」

「歯はきれい、血圧は高くない、何も危険因子がありませんね。私だって同意見です」

「それがこんな病気になっちゃって、自信がなくなりました。みんなは運が良かったんだから、と励ましてくれたんですが、何も食べられなくなりました」

「それで痩せたんですね。しかしそうでしょうか。あなたはほんとに運が良かったんでしょうかねえ。今年になって私の患者さんでクモ膜下出血二人目ですが、今まで実はクモ膜下出血の患者さん結構いまして、全員回復してます。どうしてなんでしょうね。いや、今思いついたんですけどね」

「どうしてでしょう。ほんと、先生には、脳以外すべてを診て頂いて自信があったんです。特に癌に関しては」

「そう、完璧でしたね。脳以外はちゃんと診ている、と常々お話してますよね?だからこそ、何か起きた時に迷わず行動できたんじゃないでしょうか。あなたは生活にやましいことなど何もないですよね。普通の人ならば症状があってもこれが原因じゃないか、というやましいことは沢山あるものです。ところがあなたはそれがないから、何か自分が経験したことがない症状が出た時に迷わず大学病院に行けたんでしょう。これ、紹介状なんて待ってたら間に合いませんからね」

「目がかすんだとき、すぐにタクシーで行きました。大学についてからは意識はないんです」

「良い判断です。これ自分の患者以外だったら、沢山いろんな病気が考えついちゃいますけれど私が診ている患者さんの場合には『脳だ』って直感出来ますから」

「先生、脳動脈瘤っていつ出来たんでしょう」

「昨日かもしれないし、10年前からかもしれません。私の患者には事前に動脈瘤がわかって処置した人も沢山います。しかしね。仮にMRIの検査をしてあって脳に自信があったら、今回の行動は出来たでしょうか。出来なかったんじゃないでしょうか。すべては必然だったと思います。あなたは運が良くて助かったのではなくて、助かるのは必然だったと思いますよ。ですから慰めはしません。普通に生きてください。大変だったとは思いますけれど、あなたは運に頼って生きている方ではない」

 

と、有耶無耶にしておいた。