文京うまれ

自由と知性

リスク

僕はがんを他の内視鏡の先生よりも小さく見つけるらしい。やたら小さいのを見つける人で、しかも打率がやけに高い(はずれの生検が少ない)、というのが他の医師からの評価だろうと思う。自分の目標は小山恒男先生で、この先生は「自分が見逃すことはないです」と仰るけれど、自分もそうありたいと思っている。

食道がんも良く見つけるがんだけれど、リスクがある人のちいさな癌を見つけるのは難しいこととは思わない。いや、やっぱり難しいかなあ。難しいことにしておきます。

食道扁平上皮がんはADH2という酵素が欠損している人がアルコールを飲んでいるとリスクが10倍以上になる。食道がんになる人は毎年1000人に1人以下なのだけれど、ADH2欠損者がアルコールを飲むと多くはアルコール中毒になっており、アルコール中毒で入院中の患者を内視鏡してみると毎年数%見つかるというのだからリスクは何十倍にもなるわけだ。


だから酒をやめろ、と僕は言わないけれど久里浜病院には紹介します。僕に介入させてくれるんならば、あなたはお酒はやめるべき、とは言います。でも介入させてくれる時点で禁酒は半分成功したと言って良いと思う。僕が見てあげるから飲んでいいとももちろん言わない。ただ事実としてリスクは高いので、内視鏡を受けるなら食道に注目するべく医師と情報共有をせよ、とは言います。(自分が見るとは言わない。医者を指定する、というのは自分の主義に反する)日本以外じゃ早期発見は不可能なんだし、幸運なので前向きに説明はしているつもり。

この話をすると患者さんは悲しそうにする。アルコール中毒に生じる肝硬変や慢性膵炎の苦しみだって説明してあるはずなのに、食道がんとは別のものなのだろうか。より身近で実感しやすいのだろうか。

一方食道腺がんというのもあって、1万人に1人のまれながんだけれど、ピロリ陰性、70歳以上、メタボ男性のリスクが高い。個人的にはアルコールを沢山飲んでいるほど見つかる気がしている。

要するに食道がんは男に多い。

では女性にはないのか、というと、リスクがないようでもかなり高齢の女性(80以上)には見つかることがある。ここは難しいところで80代女性の食道がんを見つけるための内視鏡検査はただそのために検査をするというのはリスクがベネフィットを上回るだろうと思うから、自分は検査には否定的。

内視鏡医として、リスクをきちんと考えて検査をするというのが大事で、この評価をするのが外来での最初の仕事になります。

ところで検査には偶然見つけてしまう病気、というのがあります。
ピロリ陰性なのに胃がん、みたいなものです。
したがってリスクが低いから全く検査をしなくて良い、というわけではありません。
偶然命を拾う可能性もあるのです。

緊急検査は別にして、いろいろな検査にはちゃんと理由があります。
その理由を上手に説明することは、とてもとても難しい事だと感じています。
僕のところに沢山患者さんが来るのはおそらくそういう理由だろう。
つまりあの先生のところに行かせれば、嫌がる患者さんが納得して検査を受けるので、とにかく医者嫌いの患者はみんなあの先生に送っておけ、というような風潮があるようなのです。それが僕には気に入らない。検査を納得してもらう作業こそすべての医者がやるべき仕事じゃないかと思うから。

小児歯科、という分野があります。
彼らのやっている事を聞いて、ああ自分と同じだと思った。
これからどういう理由でこういう手技をしますがその時にこう感じます、というのを丁寧に説明するのだそうです。やっている事はなんら普通の歯科とは変わらない。
でもそれだけで子供は痛みを感じない。

先日パニックの人は寝かせる、という話をしましたが、そういうのは例外中の例外で危険回避のためにしょうがなく、です。通常は検査の目的がはっきりと共有されると同じ検査でも患者さんの達成感が全く違います。それこそが自分の理想とするインフォームドコンセントです。

大腸内視鏡なんて、ただ受けるだけで寿命が確実に伸びちゃうという特徴がある検査です。1回の検査で男性なら4割、女性なら2割にポリープが見つかり、それを取りますと以後10年の発がん率は7割減らせます。5年おきに2回やれば9割減らせます。55歳で一回受けると確実に寿命が延びると計算されており、最近大腸がんが若年齢化しているので50歳に前倒ししたらどうかとか45歳に前倒ししたらどうかとか議論されていますが、検査を受けて損をする理由はないのです。なので勧められたら「受けます」と言うのが正解だと思います。